祖母と見た、夜桜のこと。
私はつくば市で生まれ育ちました。両親は仕事で家を空けることが多く、筑波山のふもとで小さな花屋を営む祖母に育てられました。口数の少ない人でしたが、花を活ける手つきはいつも丁寧で、静かな目をしていました。
春になると、祖母と二人で夜桜を見に出かけました。筑波山の中腹にある小さな神社の参道に、桜並木がずっと続いています。夜、提灯の灯りに照らされた花びらが、はらはらと舞い落ちるのです。

「毎年、ここで一緒に桜を見られることが、何よりの幸せ」
祖母はよくそう言っていました。
はじめて、自分の感覚を信じた夜。
中学二年の春、夜桜の帰り道で、祖母の後ろ姿を見ていた私は、胸が締めつけられるような感覚に襲われました。「おばあちゃんが、いなくなってしまう」。理由はわかりません。ただ、強くそう感じたのです。
私は「体調が悪くて怖い」と嘘をついて祖母を病院へ連れて行き、診察の終わりに先生へ頼みました。「本当は、祖母を診てほしいんです」。検査の結果、小さな癌が見つかりました。早期発見だったため治療は実り、半年後、祖母はすっかり元気になりました。
「なんでわかったの?」と聞かれて、私は答えました。「わからない。ただ、なんとなく」。それが、自分の感覚をはっきりと信じた最初の瞬間でした。
隠すものではなく、誰かのために。
それからは、言葉にしていない本当の気持ちが伝わってくることが増えました。明るく振る舞う子の奥にある寂しさ、平気なふりをする子の我慢。成長するほど感覚は鋭くなり、人混みでは感情が流れ込んできて、疲れ果てる日も増えていきました。
二十歳を過ぎて東京に出ましたが、満員電車で押し寄せる感情に、半年も経たず朝起きられなくなりました。ふと思い出したのが、祖母と見た夜桜でした。

つくばに戻り、あの参道に立って「おばあちゃん、ちょっと疲れちゃったよ」とつぶやいたとき、肩の力がふっと抜けました。この感覚は、隠すものじゃない。誰かのために使うものなんだ。祖母がくれた名前の意味を、そのときようやく理解した気がします。
最初の鑑定は、近所の女性でした。長く連れ添ったパートナーとの関係に迷っていた彼女に、私は「あなたはもう、答えを知っていますよね」と伝えました。数か月後、新しい生活を始めた彼女は、前よりずっと穏やかな表情をしていました。誰かの背中をそっと押せた、はじめての確かな手応えです。